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- 第18回 応用化学科/応用化学専攻 菅原義之 教授
略歴
1988年 早稲田大学理工学研究科応用化学専攻博士課程修了、工学博士。1989-1990年 米国マサチューセッツ工科大学博士研究員、1990年 早稲田大学専任講師、1992年 同助教授を経て、2000年から現職。この間、1998年 仏国モンペリエ第2大学訪問研究員。1989年度 日本粘土学会奨励賞、1991年度 日本セラミックス協会賞進歩賞、2013年度 日本セラミックス協会賞学術賞を受賞。
主な担当科目
ハイブリッド材料化学、有機金属化学、無機化学A、上級無機化学、無機化学特論、無機固体化学、分析化学A、無機機器分析法
代表的な著書
・ 完全攻略 化学オリンピック第2版、日本評論社、2013年(共著)
・ Polymer Derived Ceramics,DEStech Publications,2010年(共著)
自動車や飛行機の軽量化に欠かせない繊維強化プラスチック(FRP)。複数の素材を混合して強度や耐熱性などの特性を高めたコンポジット(複合)材料の一種です。近年では、ナノサイズレベルで精密に物質を混合したナノコンポジット、とりわけ、無機材料と有機材料を合成して各々の特長を引き出すハイブリッド材料が、次世代の機能材料として期待を集めています。層状化合物を軸としてハイブリッド材料を合成し、用途開発研究を進めているのが、応用化学科の菅原義之教授です。
イメージ先行で化学の道へ
高校生時代の私にとって、100以上ある元素を自在に扱い、あらゆるモノを生み出せる(ように思えた)無機化学が魅力的に映りました。「モノづくり」という言葉すらなかった時代ですが、父が化学材料系の研究職に就いていたこともあり、研究が産業につながるイメージを掴みやすかったのです。第1次オイルショックの影響などで、電気や情報系学科の人気が高まりつつあった頃でしたが、「自然界に存在する元素を操る知識を学ぶんだ」、という強い気持ちで応用化学科に入学しました。
実際に様々な教科を学ぶ中で、ヒトの体・生体システムが本当に良くできていることを知り、生化学に強く惹かれましたが、その反面、「自然が作り出したシステムに太刀打ち出来るシステムを人間の手で作り出すことはできないのではないか?」という思いも強くなり、初志貫徹して、無機材料を作り出す無機化学を専門に選びました。
古くて新しい粘土の世界
卒業研究では粘土鉱物を扱っていた加藤忠蔵先生(1992年退職、名誉教授)と黒田一幸先生の研究室に所属しました。粘土は、ケイ素やアルミニウム、酸素などを主要元素として構成されたシートが何層も折り重なった構造を持っています。この粘土層間に有機高分子(炭素、水素を含む分子が多数結合した分子)を導入(インターカレーション反応)、200度ぐらいで蒸し焼きにした後、超高温の窒素やアルゴンガス中で焼いて窒化物や炭化物と呼ばれるセラミックスを作る、というテーマを頂きました。セラミックスは、金属ではない無機材料の総称です。陶器や磁器もこの一種ですから、人類の歴史の中では長い付き合いの物質と言えます。当時、層間に高分子を導入する研究自体ほとんど報告されておらず、さらに高分子を炭素にした上で熱酸素還元反応に利用することは、全く新しい試みでした。例えば、酸化ケイ素SiO2と炭素Cの粉を混ぜてセラミックスの一種である炭化ケイ素SiCを得る手法は従来から工業的に用いられていましたが、粉を混ぜて焼成するのでは接触面積が少なく、反応効率が悪かったのです。それならば、最初から粘土層間に炭素の"素(もと)"を導入しておけば、反応表面積が広くなり効率が上がるのではないか、というのが研究の発端でした。
1000度レベルで焼成することとは無縁の研究室でしたので、二学年上の先輩と二人で、電気炉を作るところから始めました。条件出しに悪戦苦闘しつつも、次第に結果が出るようになり、かつてない充実感に背中を押されて博士課程へ進学しました。層状物質自体を粘土から変えたり、その粘土層間に導入する高分子材料を新しくしてみたりと、ゼロから立ち上げた研究の幅を少しずつ広げていき、それらをまとめて博士号を取得することができました。
つきつめること、統合すること
これまで、海外の研究室には2度ほど滞在しています。最初は博士号取得直後に博士研究員として受け入れていただいたマサチューセッツ工科大学(MIT) D. Seyferth先生(現、名誉教授)の研究室です。20通以上の手紙を世界中の研究室に送り、断られ続けた末にようやく決まった受入先でしたので、本当に嬉しかったことを覚えています。とはいえ、「応用化学でセラミックスを扱っていた」から採用されたのですが、有機金属化学に関して全くのド素人で、最初の1−2ヶ月はひたすら学ぶばかりでしたね。その上1年未満の滞在でしたので、余計に申し訳なく思っていますが、有機金属合成の手法を必死に学び得た経験は、現在の研究につながる重要な契機となりました。
2度目はサバティカル(在外研究制度)を利用して、1998年に仏モンペリエ第2大学のR. Corriu先生(現、名誉教授)を訪ねました。有機合成では一つの反応だけが起こることはめずらしく、必ず副反応が存在するため、分離手法も重要になってきます。Seyferth先生は比較的副反応の少ない反応を扱っていたため、あまり意識していませんでしたが、Corriu先生のところでは「合成した素材をあらかじめ単離してからさらに反応させ、材料を作製する」手法を学びました。また、フランス人はディスカッション好きです。ディスカッションを通して実験の意義を極限までクリアにしてから手をつける、というスタイルを学びました。一方で、日本人の多くは手を動かす中から活路を見出すことに慣れています。このフットワークの軽さに、ディスカッションの力が加われば鬼に金棒ではないでしょうか。ですから、私の研究室の学生には、ゼミで質問をすること、頻繁にディスカッションすることを意識づけしています。
大学での研究は、情報を統合する訓練と考えています。高校までの勉強では、質問に対して1:1で回答が存在します。覚えていること、理解していることを問われるわけですね。そのためか、学生が初めて研究発表の原稿を書くと「A結果からはa、B結果からはb、C結果からはcが分かる、以上」で終わってしまうことが往々にしてあります。社会では、得られた情報を統合して新しい解を構築する力が求められますから、卒業・修了する際にその学年に見合うだけの統合力をつけてもらいたい、と考えながらディスカッションや発表を指導しています。