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胡桃坂仁志 教授 Hitoshi, Kurumizaka
電気・情報生命工学科/電気・情報生命専攻

胡桃坂仁志 教授 Hitoshi, Kurumizaka

略歴
1995年埼玉大学生物環境科学専攻修了(学術博士)。アメリカ国立保健研究所(NIH)博士研究員、理化学研究所研究員、早稲田大学電気・情報生命工学科准教授を経て2008年から現職。修士課程の頃まではミュージシャンになりたいと本気で思っていたという、ギターの腕前は「研究よりもうまい」。

主な担当科目
遺伝子工学/分子生物学T/分子生物学U/構造生物学特論(大学院)/先端生命科学特論(大学院)

代表的な著書
・核酸実験の原理とプロトコル(編集)、羊土社、2011年
・最新医学 乳癌-基礎と臨床の架け橋- vol.65(共著)、最新医学社、2010年
・基本がわかれば面白い!バイオの授業(単著)、羊土社、2006年

私たちヒトの遺伝情報(ヒトゲノム)は、細胞核に存在する23対46本の染色体を構成する、たんぱく質とDNA(デオキシリボ核酸)の配列によって決まっています。この全配列の解読は、世界中が共同して進めたヒトゲノムプロジェクトによって2003年に完了しました。全配列が明らかになったとはいえ、ほどくと2メートルにもなる染色体が、わずか5ミクロン程度の細胞核の中にどのようにしまわれているのか、ということさえまだ正確には明らかになっていません。

生命の根幹であるとも言える「染色体」の構造を明らかにする研究を進めているのが、電気・情報生命工学科の胡桃坂仁志教授です。

医療に貢献する方法

大学進学の際、医療の役に立ちたい、という考えで薬学部を選びました。ひとことで「医療に貢献できる仕事」と言っても、沢山の職種があります。例えば医師やコ・メディカルは患者さんと1対1もしくは多対1で対応します。一方で、ある病気に効果がある薬を開発できれば、同じ病気に苦しむ大勢の方を助けられる可能性があり、1対多の関係と言えるかもしれません。「沢山の方を助けられる、薬を創る仕事をしたい」という気持ちがモチベーションとなって、今日まで研究を続けています。

創薬そのものであれば、有機合成を学ぶのが近道かもしれませんが、私の場合、ヒトに薬が効くメカニズムを知りたいと思うようになりました。ですが、薬学部にはそのような研究をしている先生がいらっしゃらなかったため、当時最新最先端の技術だった「核磁気共鳴(NMR)を使った生体高分子(たんぱく質)の構造解析」を卒業研究テーマとして選び、博士課程1年生まで続けました。いわゆる、構造生物学と呼ばれる分野になりますが、次第に解析対象であるたんぱく質などの分子を自分で作れるようになりたいと思うようになりました。この頃から、ようやく本格的に研究に取り組む気持ちが生まれてきていたのかもしれません。結局、他大学の博士課程に入り直し、分子生物学の手法を一から学び直しました。DNA抽出、という基礎中の基礎から始めましたが、すでにある程度研究の進め方というものは分かっていましたから、次々に新しい実験手法を覚えて結果を出していくことが面白くて仕方ありませんでした。当初は博士号を取得するまでに5年かかることを覚悟していたのですが、終わってみれば3年で取得し、またその間にアメリカのイェール大学での共同研究も経験しました。

博士課程3年生(理研:柴田研究室)の頃の写真
図1 博士課程3年生(理研:柴田研究室)の頃の写真

楽しむことが発見につながる

私が携わっている研究分野は、目標に向かって1つ1つブロックを積み上げていけば必ず達成できる、というものではないと考えています。勿論、目標を定め、計画を立てて研究を進めますが、道の途中で大小様々な発見があります。目標に向かって猪突猛進していては見逃してしまうような「小さな芽」を見つけて楽しみながら世話をしていたら「大きな木」に育った、ということも往々にしてあるものです。あらゆる発見に対して、面白いと思いながら研究を進めることが大発見につながると考えており、学生にもそのように伝えています。

例えば、今年の7月にNature電子版に発表した「Crystal structure of the human centromeric nucleosome containing CENP-A」の成果も、小さな発見の集大成と言えます。私も含めて、世界中の分子生物学者がこの「セントロメアの立体構造の解明※1」を大目標として掲げていましたが、当初、到達できるとは考えていませんでした。少しずつ進めていく中での小さな発見、その枝葉となって育った成果、また並行して進めていた他の研究テーマでの成果が蓄積されていき、これらを抱えて再度スタートラインに戻ってみたら、ゴールにつながる新しい道が開けた、という感じです。

※1:セントロメアの立体構造の解明
染色体の中心領域のくびれ部分(「X」の交差部分)をセントロメアという。細胞分裂時には、このセントロメアに紡錘体が結合し、分裂する。1982〜84年に染色体の末端領域であるテロメアの構造・伸縮機構が解明され、2009年にノーベル医学・生理学賞を受賞して以来、次の研究対象としてセントロメアの構造解明に注目が集まっていた。

博士課程3年生(理研:柴田研究室)の頃の写真
図2 細胞分裂期の染色体