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寄田浩平 准教授 Kohei, Yorita
物理学科/物理学及応用物理学専攻

寄田浩平 准教授 Kohei, Yorita

略歴
2005年早稲田大学大学院理工学研究科博士課程修了、博士(理学)。2003年5月-2004年12月米国フェルミ国立加速研究所客員研究員、2005年4月-2008年9月米国シカゴ大学Fermi Fellow, Research Associateを経て2008年10月から現職。

主な担当科目
放射線計測学A・B/素粒子実験演習C・D/放射線情報処理特論

 2012年7月、欧州合同原子核研究機関(CERN;セルン)が大型粒子衝突型加速器(LHC加速器)を使ったアトラス(ATLAS)実験とCMS実験の最新成果を発表しました(CERNプレスリリース:英語原文、早稲田大学プレスリリース)。その内容は「私たちは新粒子の存在を5σ(シグマ)のレベルで示す明らかな兆候をデータの中に観測した。その質量は126 GeV付近である」というものでした。「5σ」というのは結果の確からしさを示す値ですが、物理の世界では5σを示すことができれば「ほぼ確実」といわれています(前回2011年12月の報告時点では3σ弱)。

ATLAS実験は世界38カ国174大学・研究機関が参加する国際共同研究で、今回プレスリリースされた「新粒子」すなわち現在の素粒子物理学において最もホットな話題と言える「ヒッグス粒子」や、さらなる新しい素粒子・事象の観測を目的としています。このATLAS実験グループの一員として、トリガーシステムの構築から物理解析、さらには次世代検出器の開発にも精力的に取り組んでいるのが、物理学科の寄田浩平准教授です。

数十年に一度のビッグチャンス

ATLAS実験において物理結果を得るためには、大きく分けて3つの研究段階があります。

1つ目は、限りなく光速近くまで加速され高エネルギーを持つ陽子同士を衝突させた際に発生する事象を、詳細に観測するための検出器自体の設計製造です。これは14年超の歳月をかけLHC加速器と共に2008年9月に完成しました。…(1)

2つ目は、陽子・陽子衝突のどのような条件範囲でデータを取得するかを決めるトリガーシステム(電子回路とコンピュータを統合したもの)の構築です。ATLASでの陽子群(バンチ)衝突は1秒間に約4千万回起こりますが、このうち約100回分しか解析のためのデータとして残すことができません。ですから、いかに高速かつ効率良く取得するべき信号データを保存するか、が重要になります。…(2)

3つ目は取得したデータの物理解析です。…(3)
検出器の安定性の確認なども重要ですが、現在LHC加速器とATLAS検出器は非常に順調に動いていますので、主な仕事は(2)と(3)になります。2種の仕事を並行して行っていることが我々の研究におけるひとつの特徴と言えます。物理解析の結果をフィードバックしながらトリガーシステムを再構築することでより実効的なシステムを組むことができます。
ATLAS検出器は陽子ビームラインを中心として、同軸円状に複数の測定機器が取り巻く形で構築されています。

ATLAS検出器全体模式図
図1(a) ATLAS検出器全体模式図。緑の矢印部にいる人と比較して大きさが分かる。ビームラインから一番近いところに、陽子が衝突した際に生成される様々な粒子の飛跡を観測する「内部飛跡検出器」、その外側に粒子のエネルギーを観測する「カロリメーター」、一番外側にミュー粒子の飛跡を捉える「ミューオン測定器」という配置(写真提供:CERNアトラス実験グループ
LHC加速器鳥瞰図
図1(b) LHC加速器鳥瞰図。地下100mに作られた円周27kmのLHCリング内にATLAS、CMS検出器が設置されている

それぞれの測定結果と分析から、衝突により生成された粒子が何であったかを同定するのですが、この中で今最も発見を期待されている粒子が「ヒッグス粒子」です。現代もっとも信頼性の高いとされる素粒子物理学の描像では、ヒッグス場というものが真空中を満たしており、万物の構成要素であると言われている電子やクォーク等の素粒子はヒッグス場と結合することで質量を得る、と理解されています。ATLAS実験では高エネルギーの陽子が衝突することを利用して、安定したヒッグス場からヒッグス粒子をはじき出そうというわけです。はじき出されたヒッグス粒子は不安定で、すぐにW、Z、γなどのボソンやクォーク、タウ粒子などのフェルミオンに姿を変え(=崩壊)、さらにクォークやグルーオンなどのカラーをもつ粒子はすぐに中性子や陽子などのハドロンに崩壊していきます(ハドロン化)。飛跡検出は、この崩壊の過程を含めて生成された粒子群が飛び散る様子を捉え、カロリメーターは粒子のエネルギーを測定します。

ATLAS実験で得られる飛跡検出データ
図2 ATLAS実験で得られる飛跡検出データ。円の中央から周囲に向かって弧を描きながら走る幾筋もの線が陽子衝突で生成された様々な粒子の飛跡(写真提供:CERNアトラス実験グループ

粒子群の飛跡を逆にたどり、組み合わせることで「ヒッグス粒子があったに違いない」という統計的結論を出します。ただし、ヒッグス粒子が「存在する」もしくは「存在しない」という結論は遅くとも今年の終わりごろに報告できる予定ですが、その粒子が理論的に予測通りのものなのか否かの判断には、さらなる検証が必要になります。そのためには加速器の性能を上げ、単位時間あたりに取得できるデータ量を増やすことが重要なのですが、それに伴って効率のよいトリガーを行うことが非常に困難になります。我々早稲田グループはこれを解決するための新しいトリガーシステムを2014年導入に向けて設計中です。日本から参加している16機関の中では我々だけが担っている仕事で、米国シカゴ大学・伊国ピサ大学との共同研究です。従来のトリガーシステムの延長では10〜20年かかるような検証を、3〜4年で終えられる可能性のある非常に期待されているシステム構築です。

寄田先生の研究室におかれている時計
図3 寄田先生の研究室におかれている時計。国際共同研究を進める研究室ならではの風景。グループ内のミーティングは時差の関係で日本時間の真夜中から早朝に行われることが多い