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物理オタクのサッカー少年

物理学の道に進んだきっかけはアインシュタインの相対性理論で、中学生の頃から完全に「物理オタク」でした。私たちの生活において「時間」は普遍的に感じますが、特殊相対性理論で「光速度の不変性」を定義したとたんにそれが普遍ではなくなる、という概念がとても鮮烈でした。物理学はものの見方を非常に良く教えてくれる、そして良い意味で常識を覆してくれるものだと思い、生涯をかけてやっていくならこの道がいいな、と思ったんです。とはいえ、物理以外の勉強は全く好きではなかったので、中学入学から高校卒業まで、サッカー漬けの毎日でしたね。練習後は毎回近所の本屋さんに行って物理の本を立ち読み(物理の本は中高生にとっては高価だったので)。少しずつ読み進めていくうちに、物理の棚にあった本はほとんど制覇してしまいました。

海外で研究する機会があるという理由で選んだ研究室で、LHCの1世代前の世界最高エネルギーの加速器実験である米国Tevatronプロジェクトに修士課程から本格的に参加し、トップクォークの質量測定で博士号を取得しました。余談ですが、大学1年生の時に単独で1か月ほど渡米し、ハーバード大学とMITで勝手に授業を受け、いつかは世界的に活躍できる物理屋になりたいと強く思いました。その8年後、ハーバード大学から正式に「君の博士論文の研究結果を報告するセミナーを行いたいのでぜひ来てくれ」と依頼があり、ボストンの空港からタクシーでハーバードに向かう最中、8年前の記憶がよみがえり、非常に感慨深い思いになったことは印象的な出来事でした。博士号取得後、ハーバード大学を含めいくつかの大学・研究所からジョブオファーをいただいたのですが、ATLAS実験での新規トリガーシステムの開発を主導して行っていたシカゴ大学に行くことを決意し、LHCに関わる仕事を開始しました。LHCにおいても研究者としても新参者である「早稲田大学の寄田」がある意味で独自性をもって、自らの意見を主張しながら巨大実験に参画できているのは、この頃共に研究していた多数の仲間がいることも大きいと感じています。

学部4年生(1999年)のときの写真
図4 学部4年生(1999年)のときに、米国フェルミ国立加速器研究所でCDF検出器を組み立てた時の写真。左はフェルミ研究所のエンジニアのJames

国際協力でありながら国際競争

通常、博士課程の学生であればCERN現地に長期滞在することができます。滞在・実験に係る経費は各研究室で用意する必要がありますが、現場での実践経験は何にも代えがたいものです。どのような研究を進めたいかという主張や段取りについては私が特攻隊長を務めますが、そのあとは学生自らの実力で勝負して欲しいと考えています。日本の学生は研究レベルでは議論ができる実力を持っているにも関わらず、主張が弱く議論に参加できないことがあります。英会話のみならず主張するということも慣れでしか克服できませんから、1週間に1回会合で必ず発表する、分からないことがあったら研究者のオフィスを訪問して尋ねる、などできることから動くしかありません。そういった努力をすれば英語が苦手な学生も1年程すれば、欧米の学生・研究者とも堂々と渡り合えるようになります。

ATLAS実験は約40カ国による国際協力実験でありながら国際競争の場でもあります。ミーティング中は国や参画大学・機関が入り乱れた喧々諤々のケンカばかりですし、さらにその主張は実質的な実行力を伴わなければ相手にされません。このためにも学生には検出器・トリガー・物理解析のいずれかひとつに特化することなく理解した上で、より広く柔軟性をもって提案していける人材になってもらいたいと考えています。

素粒子物理学と宇宙物理学の垣根をこえて

ヒッグス粒子については、本質的な裏付けまで含めてあと数年である程度の決着がつく可能性が高いと考えています。

その後の高エネルギー素粒子物理学のトレンドのひとつとして、ヒッグス機構のより深い検証も含めた標準理論全体の整合性や実験結果との小さなずれを検証するために建設計画が進んでいる国際線形衝突実験(ILC)があります。日本国内での建設が議論されている意味でも大きな期待がもてる研究です。一方、私個人的な興味・夢は大きく分けて二つあります。

学部4年生(1999年)のときの写真
図5 今回の発表に関するCERNセミナー風景。ヒッグス場理論を提唱した英物理学者ピーター・ヒッグス博士も参加していた(右図)(写真提供:CERN

1つは、さらに高いエネルギー(=エネルギーフロンティア)での素粒子物理学の現象を知りたいということです。エネルギーフロンティアという方向性は、この60年間人類が追い続けてきた最先端のベクトルであり、常により真実を求める人類の究極の知的欲求ともいえます。全長27kmのLHC加速器ですら、約15年・5000億円以上かけてようやく完成しましたから、次世代のエネルギーフロンティア加速器実験を今の技術の延長で考えると100年後に完成するようなものになってしまいかねませんし、建設にかかる費用も想像を超える金額になってしまいます。世界的議論に加わる中で、コンパクトだけれども最高エネルギーに到達できるような全く新しい概念・イノベーションによる加速器の設計を実現したいと考えています。

2つ目は、一見、別々の議論のようである素粒子論と宇宙論とが、共通の目標を持てるような研究手法を提案したいということです。宇宙線の中には非常にまれではありますが、加速器で到達しているエネルギーよりも高いエネルギーを持つ粒子があり、地球にも降り注いています。「高いエネルギー」という意味でも、「宇宙創成時の物理法則の理解」においても、素粒子と宇宙は切っても切り離せません。この両軸が一緒になって取り組める課題を常に模索したいと考えています。そのためのひとつのステップとして、私の研究室ではATLAS実験だけではなく、ダークマターを直接探索するための次世代検出器についても研究を進めています。私はまだ研究者の中でも若い方で、あと30年は研究をすることができる幸せ者です。したがって、素粒子物理学の革命的な時期である現在、柔軟にものごとを考え、さらなるエネルギーフロンティアに貢献していきたいと考えています。

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