先進 Top Runner

多様な経験を積む意義

今までお話ししてきたように、私は「面白い」と思うことに対して飛び込んでいくことを大切にしています。例えば今回の「セントロメアの立体構造の解明」では、大雑把にいって、(1)遺伝子組み換え(リコンビナント)技術、(2)染色体再構成、(3)X線結晶構造解析、(4)リコンビナントたんぱく質によるヌクレオソーム再構成※2に関する知識・技術が必要でした。私は(1)を2度目の博士課程で柴田武彦教授(現、独)理化学研究所遺伝制御科学特別研究ユニットリーダー)に、(2)を博士号取得後に博士研究員として所属したアメリカ国立衛生研究所(NIH)で故・Dr. Alan Wolffeに、(3)を研究員として勤務した理化学研究所、横山茂之教授(東京大学)に学びました。(4)は私が立ち上げ、研究室の学生たちと得た、我々オリジナルの技術です。さらに薬学部での知識と構造解析の技術が活き、今の研究を推進しています。

これらの研究に関する知識と共に重要だと感じているのが、欧米人の考え方を学ぶことです。世界と比べて、研究の質自体は日本も充分に高いと思いますが、特に自然科学に関する研究という行為は錬金術から連なる欧米の文化です。研究対象をどのように見るか、どのようなロジックで研究を進めて結果を検証するか等、日本にいて日本人に教わっていてはどうしても身に付けられないものがあります。これは、今回の研究成果をNature誌で発表するために審査員や編集者と何度も内容の精査を進めるにあたり、再認識したことでもあります。博士研究員時代やその後の研究生活の中で親しくなった海外の研究者に色々と助けて頂きました。ひとつの研究室にいては、決して得られなかった研究者とのネットワーク、そして成果だと感じています。

染色体の構造
図3 染色体の構造(胡桃坂研究室修士課程1年生松本亮平氏の手描きイラスト。今後、羊土社「月刊 実験医学」にて胡桃坂先生のコラムと松本君のイラストが連載される予定とのこと)

※2:ヌクレオソームからのクロマチン作製
DNAは4種のヒストンたんぱく質からなるヌクレオソームと呼ばれる円盤状の物質に巻きつき、このヌクレオソームが数珠のように連なったクロマチン構造となり、さらにクロマチンが高密度に折り畳まれて染色体を構成していると言われている。胡桃坂研究室では、ヌクレオソームをひとつずつ生成する手法を持っており、これをつなげてクロマチン構造を実現できる(同研究室助教の立和名博昭氏が開発)。ヒト染色体セントロメアでは、ヒストンたんぱく質の種類が他の染色体部位とは異なっていることが知られており、Nature誌で発表した成果もセントロメア部分のヌクレオソーム構造を再現し、構造解析をしたというもの。(日本語解説:ライフサイエンス新着論文レビューFIRST AUTHOR’S

ヌクレオソーム(上:セントロメアのヌクレオソーム、下:通常部位のヌクレオソーム)
図4 ヌクレオソーム(上:セントロメアのヌクレオソーム、下:通常部位のヌクレオソーム)

生命の根幹に挑む

「遺伝子組換え(減数分裂期や損傷修復など)」と「ヒト染色体の構造解析」という2つの大きなテーマを看板として掲げ、どちらかの成果が出ない時期には、もう片方のテーマで成果が出る、という形でやってきました。沢山の「小さな芽」から得られた成果によって、この1〜2年でようやく2つのテーマをリンクさせられるようになりました。その意味では今が研究のピークなのかもしれません(笑)。今後は、まずはヌクレオソームを10個程度つなげたクロマチン構造を作り、その構造を確かめたいと考えています。学生のころに思い描いた「薬を創る」という目標からみたら、これ自体がまさに枝葉部分の研究かもしれませんが、まだ誰も本当には分かっていない、生命の根幹をなすヒト染色体の構造を明らかにしたい。さらに言えば、この研究を共に進めてくれている学生たちの何人かがその思いを継いでくれたら嬉しいですね。私は学生たちに比べれば研究生活の山を少し先行しているわけですから、頑張って登ろうとしている学生がいれば思いきり引っ張り上げてやりたい。そしてわたしが山を下りて頂上を振り返った時に、自分の教え子がそこに立って手を振ってくれていたら、何も言うことはありません。

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東京女子医科大学・早稲田大学連携先端生命医科学研究教育施設(通称:TWIns)