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- 第19回 応用物理学科/物理学及応用物理学専攻 片岡 淳 教授
「物理バカ」にならないこと
早大に着任した当初は理学(宇宙物理など)と工学(医療・産業・環境など)のスタンスの違いに戸惑うことが多々ありました。根っからの理学人間でしたので、ある装置を開発するにも、まずは素子開発、次は回路開発、ようやく筐体を組み上げてセンサーの形にして完璧に動作させる、という考えでした。一方で、工学は多少性能的に不十分であることが分かっていても、まず形にするところから入ります。イメージとしては豊臣秀吉の「一夜城」的なスピード感での開発でしょうか。理学畑から来た人間にとって、最初は「なんと雑なことを!」と思ったものですが、最近は慣れてきてむしろスピード開発で徐々に性能を向上していく方が自分に合うような気がしていますし、基礎開発に拘りすぎて「物理バカ」にならないように意識するようになりました。先の、ガンマ線カメラも工学的スタンスでの進め方ですね。
研究や応用のアイデアは、狙って出てくるものではありません。常に世間の諸事にアンテナを張り、捨て目を利かせること、また色々なことに興味を持つと、全く関係ない情報から自然に頭に浮かんできます。いつ思い浮かぶか分からないため、電車の中で慌ててメモすることも多々あります。実は、学生と全く関係ない議論をしているときに思いつくことが多く、こういうserendipity (思いがけない発見)は本当に喜びです。もちろん、大学教員と学生という立場ですから、たまには「教育的指導」も必要ですが、学生もできるだけ一研究者として接するように心がけています。研究者・教員とはいえ、知識量には限りがありますし、分からないことは分かりません(笑)。そのような私一人で考えたことを学生に押し付けるよりも、学生のアイデアや方向性を重視し、私は進め方を少しサポートするに留めた方が、はるかに効率的で、学生も生き生きと伸びて行きます。「自分でなんでもできると思わない事。できる人・得意そうな学生を見極めて仕事をお願いすること」も教員として必要なことだと考えています。
2015年度打ち上げ予定のASTRO-H衛星での挑戦
ASTRO-Hの強みは 0.5keVから500keVの3ケタにもわたる非常に広いエネルギー帯で、過去最高感度の観測ができることです。科学がこれだけ進化した現在、先人の目を逃れた面白い現象・物理は「今まで誰も見ていなかった感度・波長」で初めて見えてきます。ASTRO-Hの開発で早大チームは硬X線撮像検出器(HXI:Hard X-ray Imager)、軟ガンマ線検出器(SGD:Soft Gamma-ray Detector)チームの一員として頑張っており、特にここで用いられるAPD(Avalanche Photodiode)と呼ばれる高性能光半導体素子は、我々が2000年頃から開発を始め、2008年に5kg小型衛星を用いて最初の宇宙動作実証、その成功を受け、ASTRO-HやCALET (国際宇宙ステーションの日本実験モジュール「きぼう」船外実験プラットフォームに設置される予定のカロリメータ型宇宙電子線望遠鏡;早大の鳥居祥二 教授が主導するプロジェクト)などでも搭載予定の新しいセンサーです。半導体光センサーですから、従来用いられてきた光電子増倍管などより圧倒的に小型・コンパクト・省電力で、リソースの限られた宇宙実験にまさに最適なセンサーです。他にも、ASTRO-H はX線領域でエネルギー分解能0.1% を達成することが可能で、超新星残骸や銀河団など、激しく膨張するプラズマのダイナミクスや、量子力学的な物理状態まで深く解き明かすことを期待しています。
製品化した技術からガンマ線宇宙物理への逆展開、医療への横展開
ガンマ線宇宙物理の領域であれば、1-10 MeVの帯域は「宇宙物理に残された最後の砦」ともいうべき謎多き波長帯です。超新星爆発に伴う元素合成や未知ガンマ線天体観測など、面白いテーマが山積みですが、観測が難しく、1990年頃にNASAの巨大衛星による比較的「浅い」観測が行われた他は、ほとんど未開の地として残っています。我々が福島での除染・計測用に開発したガンマ線カメラは2kg級と非常に小型ですので、巨大な衛星を用意しなくても50kgクラスの小型衛星に搭載可能で、簡便かつ安価に、ガンマ線で初めて「深い」観測をできるのでは、と狙っています。早稲田発の衛星(WASEDA-SAT)などに搭載できれば最高ですね。一方で、同カメラの解像度を突き詰めると今度は様々な医療応用の道が拓けます。多様な放射性元素を用いた分子イメージングやガン治療に役立つ陽子線ビームオンラインモニタなども開発できると考え、学生とワクワクしながら次世代医療用検出器の設計も始めています。小型衛星によるガンマ線天文学の開拓は10年越しの先の長いテーマになりますが、医療応用は5年程度をメドにしており、迅速に成果やプロダクトを社会にフィードバックしていきたいと考えています。
聞き手・構成
武末出美(早稲田大学アカデミックソリューション)