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元素戦略プロジェクト

周期表には100余りの元素があり、今日ではさまざまな先端技術に活用され、豊かな社会が形成されています。たとえば、携帯電話などに使用されているリチウムイオン電池では、もちろんリチウムが重要な役割を果たします。自動車の排気ガスを浄化する触媒には、プラチナ、パラジウム、ロジウムという金属が不可欠です。しかし、特定の元素の機能に頼っている今日の先端技術は、資源の枯渇によりその基盤が根底から覆されかねません。また、資源の偏在も天然資源に恵まれない我が国にとっては大きな問題です。この元素資源問題をサイエンスで解決するために、2004年に開かれた「夢の材料の実現へ」というワークショップで「元素戦略」という概念が示されました。その後、「元素戦略」の4つの目標(4R; Replace(代替)、Reduce(減量)、Recycle(循環)、Restriction(規制))を達成すべく科学技術政策が展開されています。では、この元素戦略プロジェクトに対して、今日の量子化学計算は本当に使えるのでしょうか。実は、大きな落とし穴がありました。従来の量子化学計算が基礎とするSchrödinger方程式では、相対論効果が考慮されていません。元素戦略プロジェクトでは周期表のすべての元素を対象とします。当然、重元素も含まれています。重元素では、内殻電子が光速に近づくことにより、相対論効果が無視できなくなります。そしてその効果は、内殻電子に留まらず、化学にとって重要な価電子にまで影響を及ぼすのです。金が金色であったり、鉛が軟らかいのも、水銀が液体であるのもすべて相対論効果によるものです。つまり、元素戦略プロジェクトを理論的に推進するには相対論的量子化学計算へのパラダイムシフトが不可欠です。そこで、このような考えのもと力量のある理論化学者を結集して立ち上げた研究が、CREST「元素戦略を基軸とする物質・材料の革新的機能の創出」研究領域に採択された「相対論的電子論が拓く革新的機能材料設計」です。CREST研究も3年目に入り、パラダイムシフトに向けた研究成果が少しずつ出てきました。

Cancer Research UK時代
写真 量子化学計算に使用しているサーバ(7ノード/528コア、メモリ512GB)。CREST研究に必要なプログラム開発はこの並列コンピュータを用いて行っている。

量子化学との出会い

私が初めから量子化学分野の研究者を目指していたかというと、そうではありません。高校生の頃は物理が好きで、大学入試では化学と物理の境界領域であると言われる化学工学を選びました。大学において化学工学を学んでいくうちに、「現象を利用する学問よりも、原理を追求したい」という思いが強くなり、大学院では専攻を変更して量子化学の道に進みました。もともとプログラミングにも興味がありましたので、シミュレーションと学問とが直結する量子化学にのめり込んでいきました。博士論文では、銀の触媒作用の理論的解明を目指しました。銀は、エチレン(C2H4)を完全酸化(2CO2+2H2O)させずに、部分酸化することで工業的に価値の高いエチレンオキサイド(C2H4O)を合成できる唯一の触媒です。その謎を解き明かそうと挑戦しましたが、やはり当時の量子化学計算では、数個の銀原子からなるクラスターを表面モデルとして用いるのが限界でした。振り返れば、このころに感じた限界や停滞感が、「使える」量子化学計算の開発を目指す動機になったのかもしれません。一方で、今日注目を集めているナノ微粒子触媒については、博士論文の研究と直結しており、ある意味では、先駆的な研究をしていたと言えるかもしれません。

Waseda School(早稲田学派)の確立を目指して

早稲田大学に赴任して間もなく20年になります。31歳の若輩に独立した研究室を持たせていただき、自由な発想で研究を進めさせていただいたこと、大変感謝しております。私は早稲田大学出身ではありませんが、早稲田大学を愛する気持ちは卒業生にも負けないと自負しています。そして、研究室運営で一貫して掲げてきた目標があります。それは、量子化学分野におけるWaseda School(早稲田学派)を築き上げ、世界から注目されるSchoolにしたいということです。研究室は学問を追究するところですが、それを行っているのはやはり「人」です。研究室のメンバーには、研究室に所属しているときはもちろん、その後、それぞれの環境において活躍してもらわなければなりません。そのために研究室では、どのような困難な問題に対しても自分の道を切り拓ける活力を身に着けるよう指導しています。互いに切磋琢磨して研究を遂行する、国内外の研究者と交流するなど、研究に直接関わることから、リーダーシップをとってイベントを催すなど、ソサエティの一員としての責務まで、研究室の日常には様々なシチュエーションがあります。ひとつひとつは小さいことかもしれませんが、これら全てが活力ある人を育て、その先にWaseda Schoolの実現があると信じています。

CSJ化学フェスタ2014Open New Window セッション「使える理論・情報・計算化学」にて、事例紹介予定
研究室ホームページOpen New Window

聞き手・構成
武末出美(早稲田大学アカデミックソリューション)