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- 第16回 物理学科/物理学及応用物理学専攻 安倍博之 准教授
トップダウンとボトムアップを相補的に
究極的には4つの力を統一的に矛盾なく説明できる理論を完成させることを目指していますが、もちろん一足飛びというわけにはいきません。この大きな目標に対して、トップダウンとボトムアップの2つの方針を並行して進めています。
トップダウンとしては、統一的理論の最有力候補である超弦理論を用いて、実験的に確証が得られている標準理論が再現される状態・状況を探しています。超弦理論では、素粒子の基本構造を0次元の点ではなく振動する1次元の「ひも」として考え、振動の仕方によって素粒子の種類が変わると考えます。3次元空間で「ひも」を振動させるだけではうまくいかず、量子論との整合性から超弦理論には10次元が必要だとされています。私たちの存在する4次元時空を超える6次元の余剰次元は非常に小さく丸めこまれているものと考え、私たちは直接認識することができません(余剰次元のコンパクト化)。コンパクト化する手法ひとつをとっても何通りもあり、さらにその上で展開される力学や幾何学は無限とも言えるでしょう。ですから、実験によって確証されている値を意識して議論を進めることが重要だと考えています。
一例を示しましょう。2013年10月、素粒子に質量を与えるヒッグス粒子の存在が確定しました。多額の予算をかけて建造した大型ハドロン衝突型加速器(Large Hadron Collider;LHC)を使い、各国から集った非常に多数の実験研究者が各々の技能をフル活用し、長年かけてようやくたどり着いた、血と汗と涙の結晶です。ヒッグス粒子の質量が測定されたことで、トップダウンの立場では余剰次元のコンパクト化(より厳密にはコンパクトな余剰次元の安定化)の方法がかなり限定されることとなりました。逆にその限定された状況を理論計算上で再現すると、ヒッグス粒子以外の不確定要素も確定されることが分かりました(つい最近、これに関するプレプリントを公表したばかりです;H. Abe, J. Kawamura and K. Sumita, "The Higgs boson mass and SUSY spectra in 10D SYM theory with magnetized extra dimensions", arXiv:1405.3754)。つまり、統一理論に基づいた考察では、新たな粒子や現象の予言を導き出すことができます。このような予言は、実験研究者に対して、将来どのような実験を進めるべきかの指針を与えうるものだと思います。
一方の、ボトムアップとしては、標準理論の拡張です。標準理論には多くの自由パラメータがあります。「パラメータを上手く選ぶと実験結果と一致するので、おそらくこの理論は間違いないだろう」という状況にありますが、なぜそのパラメータが選ばれるのか、という理由・根拠を明らかにしたい。根拠となる理論を加えて、徐々に標準理論を拡張させていくことで、次第に多くの現象を説明できる理論になっていくわけです。その先には超弦理論があるのかもしれませんし、全く新しい別の理論が見えてくるのかもしれません。
私はこの両方を相補的に研究することで新しい知見が得られるのではないかと考えています。トップダウンの手法では起点である超弦理論が文字通り「次元の違う話」であるため、理論上では議論できても、なかなか実験・観測結果と合うような理論からの予言が得られず、確証に至りません(ヒッグス粒子は予言から約50年、LHC稼働から5年かかって発見されました)。一方のボトムアップでは、実験結果に合うように徐々に進めて行くのでうまくはいくのですが、「木を見て森を見ず」のような状態に陥りがちです。多くの研究者はどちらかの視点に固定して研究を進めていますが、私は敢えて両側から攻めています。直近では、トップダウンの手法に少し重きを置いて進めつつも相補的に理論を拡張しながら、素粒子統一理論の詳細な姿を明らかにしていきたいですね。そして究極の夢は、私たちの世界で起こるあらゆる現象を表現できる理論を知ること。中学生のころからの夢が、今も続いているのです。
聞き手・構成
武末出美(早稲田大学アカデミックソリューション)