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流れにうまく乗って、微小管の領域へ

実は、確固たる信念があって微小管の研究を始めたわけではありません。私のいた大学では入学後に専門を決めることになっており、当初は物理か化学の道に進もうと思っていました。ところが、入学してみると、得意だったはずの物理や化学の最先端は私には難しく、どのような方向に発展していくのかもわかりませんでした。一方で、生物は解明したいことや実現したいことがイメージしやすく、発展を遂げつつあった遺伝子工学にも興味を覚えました。

そのため生物化学を専門として選び、卒業研究では、山本正幸先生の指導を受けました。山本研究室では分裂酵母を用いて減数分裂のしくみを研究しており、私は減数分裂に関連する遺伝子やタンパク質の解析を行いました。当時の自分は減数分裂という研究テーマをよく理解できていませんでしたが、実験をすること自体は面白かったため、そのまま大学院に進みました。

博士課程も3年生になったあるとき、Iain Mattaj先生(European Molecular Biology Laboratory)の論文に出会ったことが、私の研究の転機となりました。文献紹介の担当だったことで、たまたま目にとまった論文だったのですが、そこで紹介されていた「カエルの卵をすりつぶした抽出液に、あるタンパク質を入れると微小管が形成される」という現象の分子メカニズム解明に魅せられてしまったのです。微小管といえば、細胞分裂時にあらわれる、という程度しか理解していなかったのですが、その後は、関係しそうな論文を読みあさり、微小管の機能をもっと知りたい、と思うようになりました。

Cancer Research UK時代
写真1 Cancer Research UK時代。留学した研究所はサポート体制の整った、研究しやすい環境でした。常に夜遅くまで実験していたわけではありませんでしたが、「ここぞ」という時期は、写真のようにプレートが高く積み上がるくらい実験しました。実験は「時間を長く」ではなく、「密度を濃く」することが大切です。

このような経緯があり、博士号取得後に、登田 隆先生(Cancer Research UK)の元で、微小管の研究を始めました。当時は英語にも海外生活にも自信がありませんでしたが、普段は何も言わなかった山本先生が「迷うくらいなら、思い切って行った方がいい」と背中を押してくれたのです。「Alp7を変異させた分裂酵母は微小管が非常に弱く、染色体をうまく分配できなくなる」ことをヒントに、その機能解明に取り組みました。蛍光タンパク質を用いて微小管や染色体などを染め分けるといった手法も、このとき確立したものです。これまでの経験から、実験は自分の出来る範囲で敷居を低くして進めることが重要だとわかっていましたので、誰もが理解でき、気軽に使える手法にすることを目指しました。

学生には、失敗を恐れず意欲をもち続けてほしい

2006年9月から助教として山本先生の元に戻り、研究室のテーマである「減数分裂」と、私が興味を持った「微小管」との両方を取り入れ、今回の成果につながった「減数分裂時の微小管の動き」を研究することにしました。そして昨年、山本先生が定年で退職され、私はこの春から先進理工学部生命医科学科に赴任し、はじめて自分のラボをもつことになりました。早稲田の学生との付き合いはまだ半年余りですが、みなさん、非常にまじめで明るく、研究の重圧を感じることもあるはずですが、負けずに頑張っています。

微小管の変異体を観察する様子
写真2 微小管の変異体を観察する様子

学生とは個別に面談し、こちらからも提案しながら、各自の研究テーマを決めています。たとえば、分裂酵母に変異誘導物質を与え、微小管が異常を起こした変異体を集めている学生もいます。

実験は失敗が日常茶飯事です。私自身の経験から、失敗を重ねて得ることは大きいと考えています。自らの頭で考え、工夫し、成功するまでがんばってもらいたいですね。前職の研究室の大学院生が私と一緒に早稲田に付いてきてくれ、学生のよきサポーターになっています。私はあまり口を出しませんが、むしろ敢えてそうすることによって彼らを育てているようにも感じています。

開かれたTWInsのラボで研究に邁進

研究室がある先端生命医科学センター(TWIns)の実験室は明るくカラフルで、研究室間の境界線や壁がない「オープンラボ」です。さらに、顕微鏡やDNAシーケンサーを管理する専門のスタッフがいて、学生をフォローしてくださる点も素晴らしいと思います。研究室間の交流や共同研究も多いので、私も近いうちに実現したいと目論んでいます。

今後は、引き続き、微小管の機能とそのエラーが引き起こされるメカニズムを解明していきたいと考えています。微小管が弱いと不妊や流産の一因になるとも考えられており、私自身もタンパク質レベルで微小管を強くするにはどうしたらよいか、といったことを検討しています。がんにも微小管の異常が関与していると考えられおり、研究成果の医療への応用が期待されています。いずれも容易なことではありませんが、あきらめずにコツコツ続けていきたいと思います。

聞き手・構成
西村尚子/サイエンスライター