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常識にとらわれないこと

これらの経験を経てNTT物性科学基礎研究所では、「常識をくつがえす」研究に挑戦してきました。

たとえば、窒化アルミニウム(AlN)の特性評価もそのひとつです。AlNはバンドギャップが大きいため、絶縁体として利用されてきました。一方で、電気を流すことができれば、そのバンドギャップの大きさゆえに「波長200〜300ナノメートル(nm)の遠紫外光」の発光が得られると、理論上では予測されていました。AlNで高輝度のLEDを実用化することができれば、有害な水銀を用いている紫外線ランプの代替となり、紫外線特有の殺菌・滅菌効果を手軽に利用できるようになります。さらに、レーザー発振に成功すれば、現在のLSI製造工程に欠かせないエキシマレーザーの次世代候補となるかもしれません。

AlN LEDの顕微鏡写真(左)と断面模式図(右)
図2 AlN LEDの顕微鏡写真(左)と断面模式図(右)

このような背景から、「絶縁体であるはずのAlNに電気を流し、AlNが半導体であることを証明する」という、前代未聞の課題に取り組みました。AlN結晶成長方法の工夫による品質向上についてだけでも論文にまとめることは可能でしたが、さらに、LED作製にまで手を伸ばしました。当時、グループリーダーの立場にあった私は、研究成果を社内外にアピールし、研究所の存在意義を理解してもらう必要性を感じていました。それには、結晶の品質向上によって電流が流れた、というだけでは不十分だと考え、LED作製に必要な要素実験を繰り返し、さらに半年ほどかけて波長210nmの遠紫外光を発光させるに至りました。これらの成果は、世界で権威ある科学誌の一つであるnature誌に掲載され(Nature 441, 325-328 (2006))、その結果多くの新聞に取り上げてもらうことができ、世の方々が目にするところとなりました。タイミングが少しでも遅ければ他の研究グループに先を越され、せっかくの成果が台無しになっていたかもしれません。努力の賜物である研究成果を最も活かす手段については、成果を論文にするタイミングや発表する論文誌、そして社会の興味を引くインパクトのある魅せ方(今回の例でいえば、発光させてみせたこと)など、常に考えるようにしています。

この成果をもって、この後は管理職街道まっしぐらとなり、実験からは少し距離をおいて研究に関わることになりましたが、できるだけ判断力が鈍らないよう、現場主義を常に心がけました。そのおかげで、この4月に大学に移っても勘を取り戻すのが早かったように思います。

大学での挑戦

たとえば、太陽電池を作製する技術はある程度確立された技術と言っていいかもしれません。だからこそ、飛躍的な高効率化や価値を生むための、付加技術が必要です。2012年まで携わっていた「薄くて軽い半導体デバイス」もそのひとつになりうるものと考えています。

デバイスの重さはそのほとんどが基板で、化合物半導体デバイスにおいては結晶を成長させるための土台でしかありません。そこで、基板と化合物半導体デバイスの間に窒化ホウ素(BN)という層状物質を挟みました。そして、この構造に機械的な力を横から加えることにより、半導体デバイスだけを基板からはがす、という方法を開発しました。この方法で作製した超薄型LEDが通常のLEDと同様に発光することも確認済です(Nature, 484, 223–227 (2012))。

薬品を使わずに化合物半導体デバイスだけをはがす
図3 薬品を使わずに化合物半導体デバイスだけをはがす

はがした後の半導体デバイスが「薄くて軽く、透明」という特長を活かし、どこにでも貼ることができる太陽電池や大型LEDディスプレイなどに応用できるのではないかと考えています。これらはほんの一例で、工夫次第で半導体工学は私たちの生活にまだまだ貢献できますし、是非みなさんにその用途を考えてもらいたい。私がこれまでに培った材料・デバイス作製の両方に関する知識・技術、そして大学ならではの自由な雰囲気の中で、さらにチャレンジングな研究を進めていきたいですね。その中で「よい学生」を育て、世の中に送り出していきたいと思います。「よい」を私なりにいうと、「信頼を得られる人間であること、そのための努力・行動ができること」、です。欲を言えば、自分を理解してもらうための努力をしてほしい。良い研究データ、あるいは何らかの成果を出せたとしても、相手に分かるように説明できなければ、評価されない場合があるからです。一方で、一度信頼を得ることができれば、自分自身の自由度・可能性はさらに広がるでしょう。

これらは誰もが分かっていることですが、ある日突然できるようにはなりません。だからこそ、学生の間に日々訓練するのです。その手助けをしていきたいですね。

研究中の様子
図4 分子線エピタキシ(MBE)装置

聞き手・構成
武末出美(早稲田総研イニシアティブ)