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生体磁気計測における「逆問題」

別のテーマとして生命科学分野への応用にも取り組んでいます。SQUID(超電導量子干渉素子:Superconducting QUantum Interference Device)と呼ばれる超高感度の磁気センサを用いた生体磁気計測により、脳の神経活動や心臓の拍動(心筋興奮活動)などの生体電気活動に伴う地磁気の数億分の1程度という極めて微弱な磁場を、脳磁図や心磁図として可視化することができます。

私が生命科学に足を踏み入れたきっかけは、助教授時代(1980年代後半)に2年間留学した米国マサチューセッツ工科大学(MIT)のフランシス・ビター国立磁場研究所に端を発しています。そこでディビッド・コーエン先生(SQUIDによって脳磁場を初めて測定した研究者)に出会い、その研究に強く興味をひかれました。

MIT留学当時、私はMRI(核磁気共鳴画像法:magnetic resonance imaging)用超電導コイル(がんの早期発見等を目的として超電導MRIは多くの病院で活躍しています)の研究開発をしていました。MRI用コイルには人間がすっぽり入る空間に高均一の磁場を発生させることが求められます。このとき、磁場を発生する超電導コイル(入力)をどのような形に設計すれば、所定の磁場分布(出力)を作ることができるか、というコイル構造の最適化(逆問題解析:出力から入力を求める)が必要となります。同様に、脳磁図計測においては、SQUIDで観測された頭表上の磁場分布(出力)から、その磁場を発生させている電気的な神経活動源(入力)の位置や大きさを解くという逆問題解析を行うことになります(図3)。MRI用コイル開発において自ら培ってきた「最適設計(逆問題解析)」に関する知見や技術を生体磁気計測に活かすことができることに気づき、帰国後すぐにこの分野の研究に取り組むことにしました。こちらの研究も始めてから25年以上ということになりました。

図3
図3 SQUIDによる聴覚刺激誘発脳磁場計測。

脳腫瘍の位置や病態は、MRIによる静止画像で分かりますが、SQUIDによるリアルタイムの計測結果を組み合わせると、ある運動や感覚をつかさどっている機能部位がどこなのかを、ミリ単位の精度で割り出すことができます。すると、執刀医は機能部位を把握してから患部を除去することができますし、患者に対して手術前のインフォームドコンセントとして診断情報を提供することも可能となります。

最近は神経活動源の手法開発だけでなく、他大学の脳科学者や医師たちとの共同研究で、音や匂いなどの感覚刺激に対する応答や、ガムチューイングと短期記憶の関係など、複雑な高次脳機能の解明にも挑戦しています。

超電導技術の実用化と未来

超電導応用が広く利用され役立つ未来像を、ユートピアをもじって「スーパーコンダクトピア」と横浜国立大学の塚本修巳先生が名づけられました。そこではリニアモーターカーが走り、送電ケーブルが街々をつなぎ、超電導発電機や電力貯蔵システムが次世代スマートグリッド(注)を形成します。他にも、エレクトロニクスや輸送、医療など様々な分野と超電導が結び付くことで、日本の強みとなる新産業が創出されます。
(注)「スマートグリッド」とは、情報通信技術や再生可能エネルギーを導入し、効率的な電力利用を実現する賢い電力ネットワークのこと。

写真1
写真1 石山研究室では、実験とシミュレーション解析を組み合わせた研究アプローチを大切にしています。現象の実体験を通して「物理的に本当に起こりうるのか」という感覚を磨くことは、応用を考えるうえで重要です。また、現象を定量的に評価できるシミュレーションは強力な武器となります。学生さんにはできれば両方を体験してもらいたいと思っています。

工学系分野で応用を目指す者として、技術が産業に結びついて普及することや、結果として雇用を産み出し社会を活性化することへつなげたい、という思いを強く持っています。超電導技術の開発は、コスト的に民間で行うリスクが高く、長い間国主導で進められてきたものの、送電ケーブルを筆頭に今まさに実証実験が行われつつあり、市場創出の段階へと進もうとしています。あと15~20年程で、世の中にどんどん普及していくであろうと期待しています。超電導技術の花形であるリニアモーターカーは、2027年に東京―名古屋間を運行開始と発表されています。当初は2025年の予定で、私がちょうど70歳(古希)を迎える年にリニアモーターカーに乗れると楽しみにしていました。結局、2年遅れてしまったわけですが(笑)。それまでは、超電導技術の実用化が少しでも早まるように後押ししていきたいと考えています。

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