電気電子情報工学科・大学院電気工学専攻で、脳の活動を磁気信号計測によって可視化する研究をされた小野弓絵さん。現在は明治大学において、電気情報工学と医療の双方を知る健康医工学の研究者として、ブレイン・マシン・インターフェイス(Brain Machine Interface;BMI)の開発を進めていらっしゃいます。
- 電気電子情報工学科(当時)を選ばれた理由を教えてください。
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ドラえもんを作りたかったのです。全てを自分一人で作れるとは思いませんでしたので、一番根幹となるであろう、どら焼きから無駄を出さずに動力エネルギーを作るシステムを作れるようになりたい、と思いました。当時はそれを核融合エネルギーと認識していましたので、そのための知識を身に付け、研究できそうな大学を探したところ、早大理工学部の電気電子情報工学科に行きあたりました。
入学後最初の授業が電磁気学でしたが、先生が教室に入るや否や、黒板に謎の記号だらけの方程式を書き、「これを勉強します」と仰ったことが強く印象に残っていますね。後に、その方程式が電磁気学の基本方程式であるマックスウェル方程式だったと分かりましたが、「大学の授業とは高校までとは全く違う、なんてすごいところなんだ」と、驚愕したことを覚えています。学年が進み勉強を進めていくうちに、電気工学でも医療に貢献できる研究があることを知り、当初予定していた核融合エネルギーよりも、そちらに興味が傾いていきました。卒業研究配属の際には、超電導技術をエネルギー・輸送分野や医療分野に応用する研究を扱っていた石山敦士先生の研究室を選び、配属後の班分けで、(第2希望の)超電導量子干渉計(Superconducting QUantum Interference Device; SQUID)という磁気センサーを用いた脳の活動計測を研究するSQUID班の一員となって、研究者人生をスタートさせました。
- 研究者という職業を選んだきっかけは何でしょうか?
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共同研究者として産業技術総合研究所・葛西直子先生という女性研究者のモデルがいたことが大きいですね。学部から修士課程の間は、SQUIDの計測データからノイズを除去する信号処理手法の開発に取り組みましたが、指導教員である石山先生と共に、葛西先生にも育てていただいたという印象が残っています。研究者の大変さを当時は知らなかったため良い面ばかりが見えていたのですが、たまに来る学生(私)とお茶を飲みながら1対1で話す時間の余裕があり、好きな研究テーマに一貫して取り組むことができ、また、女性でも自立して活躍できる魅力的な仕事として映りました。同級生が就職のことを考え始める修士1年生の冬頃には、データ分析だけでなく、脳の活動によって発生し微弱ながら体の外に漏れ出している電場・磁場をSQUIDで測定する脳磁計測の実験にも携わるようになり、研究の面白さを実感し始めてもいました。そんな折に、石山先生から博士課程への飛び級を推薦いただいたこともあって、進学を決め、研究者への道に大きく一歩前進することになりました。
- 博士課程進学以降はどのような研究を進めてこられたのでしょうか。
SQUID計測で得られた脳表面の磁場分布から、脳のどの部分が活動したかを推定することができます。ところが、解析の仕方によっていくつもの結果を引き出せてしまうため、たったひとつの確たる真実を見出すことができていませんでした。そこで博士研究では、マウスやラットなど実験小動物の脳磁場を計測できる装置を開発することにしました。薬物投与などによる脳の活動変化を観察し、脳磁図(脳から発生した微小な磁場データをまとめた分布図)と実活動との相関を取ることができると考えたのです。実験動物の扱いを全く知らない状態から始め、3年をかけて初めてマウスから信号が取れたときは、本当に嬉しく、この時に研究者としての醍醐味を味わったように思います。また、この経験を通して、体内で起こっていること、脳の仕組みといった、いわゆる生命科学をきちんと勉強したいと思うようになりました。このため、博士号取得後、工学から離れてラットの小脳ニューロンの微小な電気信号を計測するという脳神経科学の研究グループに加わり、動物の扱いや薬理学などを勉強させていただきました。研究責任者の先生が所属を変わることになり、やむを得ず次の職場を探さなくてはいけなくなって紹介・採用頂いたのが神奈川歯科大学生理学教室で、初年度などは学生に混ざってさらに必死に、本格的に生理学を勉強しましたね。生理学を知らない状態でSQUID測定データを解析し、「何故このようなデータになるのか」と疑問だったことの理由が分かるようになり、研究者として一回り成長できたと思っています。その後、明治大学電気電子生命学科に移り、現在に至ります。自分の中のバックグラウンドとして電気工学や情報工学があり、脳科学を勉強して、基礎医学としての生理学がある、ということで、これらを合わせた健康医工学が私の専門分野です。専門用語や文化の異なるお医者さんと話ができる工学者であり、お医者さんのニーズを工学的に実現する懸け橋的な存在となれるよう、研究を進めています。
- そのひとつの例として、現在は、脳卒中患者のリハビリ支援装置「Digital Mirror Box」の開発などに取り組まれていますね。
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脳の信号を読み取ったり脳を刺激することによって得られたデータを用いて機械・支援装置を動かす、いわゆる、ブレイン・マシン・インターフェース(Brain Machine Interface; BMI)では、特に手・指の動き、例えば、お茶碗を持つ、歯磨き粉を出すといった日常の細かい動作のリハビリを支援することは難しいと言われていました。BMIが作動するには、センサが感知できるレベルの運動想起の脳波強度が必要ですが、想起から運動までのスムーズな流れを実現できず、意識せずに動いている「日常動作」とは程遠い動きだったのです。運動をうまく想起できない患者さんに対し、@その運動・動作の映像を見せることで脳波強度を確保し、さらに、A映像の動きとタイミングを合わせて動作をBMIにフィードバックする、という2つの技術を「組み合わせ」た研究が過去には進んでおらず、これを実現したのが「Digital Mirror Box」です。
具体的には次のような仕組みです。運動の想起をしやすくするため、「実寸大の手と転がってくるボール、さらに転がってきたボールを掴む」動画を作り、動画画面の後ろに実際に麻痺した手を置きます。そして、転がってくるボールの動画を見て、実際に掴むことを思い描いてもらいます。何もないところでボールを掴むことを考えるよりも、動画があったほうがはっきりと強く想像しやすいのです。運動意思の信号を抽出したら、空気圧で動く補助装置が作動し、麻痺している手を実際に握らせてくれます。視覚での認識、動かそうという意思、手を握るという3つの動作を、麻痺していないときと同じように、ほぼ同時に起こすことができます。
どのような映像が最も想起しやすいのか、というだけでも研究の余地、課題は大いにあり、製品化に至るには、まだ時間がかかると思います。ですが、セラピストによる従来のリハビリには時間的・金銭的に課題があり、高齢者が増加していく今後は、セラピストの数自体が不足することも予想されていますので、このようなBMIによって自主的な練習ができるようになれば、リハビリ時間以外や退院後も有効活用できます。研究者は研究のための費用を国から頂いて、本当にうまく行くか分からないことを全力で進めています。「Digital Mirror Box」の他にも、早大時代、神奈川歯科大時代のテーマやその発展的テーマの研究を並行して進めていますが、研究者人生が終わるまでに、ひとつだけでも世の中に役立つ成果を送り出せたら、という思いのもと日々研究を続けています。
- 最後に、後輩へのメッセージをお願いします。
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「何でもチャレンジしてほしい」ですね。勉強やバイト、サークルだけでなく、大学生という比較的時間に余裕のある間にしかできないことを見つけて楽しんでもらいたい。経験したことは絶対に無駄になりません。例えば、海外を放浪する旅に出れば、飛行機の乗り方や異文化コミュニケーションの取り方などが身に付くでしょう。私の場合は理工展委員会に所属して、仲間と栄通りを飲み歩いたり、会社を誘致したり協賛してもらったり、開催前日は仲間と寝泊まりして準備したり。思いついたことを、「できる」と思って動いてみると、案外色々なことが実現できてしまうものです。博士(工学)ながら、生理学を身に付け、現在の研究に至れたことも、このような心がけのおかげだと思っています。少しでもやりたいと思えることが見つかったら、まずは行動してみてください。
- ありがとうございました。
武末出美(早稲田大学アカデミックソリューション)
※所属・職位等はインタビュー当時のものです。