応用化学科で逢坂哲彌 教授の研究室に在籍し、皮膜材料を研究していた山崎英男さん。住友スリーエムに入社後は、回路基板の研究開発、自動車関連製品の事業を担当後、現在はインダストリアルビジネス担当の常務執行役員として工業及び産業分野の事業部門を統轄しています。
- 応用化学科のご出身ですね。
はい。高校時代から物理と化学が好きで、大学でも関連した分野に進みたいと考えていました。縁があって早稲田に入学し、学部4年次に「ポリアニリン」という有機皮膜とシリコンを組み合わせた太陽電池の研究に取り組みました。それが大変おもしろく、もう少し研究を続けたいと思って修士課程に進み、今度は「無電解ニッケル皮膜」という抵抗体材料を対象に、短時間パルス加熱した際の結晶構造変化の解析などを行いました。研究室には、企業から来ていた研究員や社会人大学院生もおり、非常に有意義な時間を過ごすことができました。たとえば、「自分たちの研究成果が社会でどのように活用されうるのか」といったことを考えるきっかけを得ることができ、学生だった私にとって研究を続けるための非常に大きなモチベーションとなりました。
- 住友スリーエムには、どのような経緯で入社されたのでしょうか?
私が就職活動をした1980年代後半は、ちょうどバブル期と呼ばれる時代でした。自分の専門である電気化学を活かしながら研究開発に従事でき、製品を世に出せる職種を希望し、内定をいただいた数社の中から、米国企業との合弁である住友スリーエムに決めました。日本の大企業に入るよりも、海外資本が入ったコンパクトな会社に入った方が、事業の全体を見渡せ、自分の力も発揮でき、貢献もできるのではないかと考えたからです。外資系メーカーですが、日本に研究開発拠点を持っており、今後の事業の広がりという点でも、大きな可能性があるだろうと思いました。
入社後から2007年までは、マイクロエレクトロニクス製品部に在籍しました。扱ったのは、携帯電話の基板、液晶ディスプレイ周辺の回路、半導体パッケージなどに使われる微細なフレキシブル回路基板です。はじめの3年は技術サービス部門で、顧客に対してコンサルティングや製品導入などを担当し、次の3年は新日本製鐵との合弁で作られた製造会社で回路の製造に携わりました。その後、住友スリーエムに戻り、米国テキサス州オースチンにある電気事業本部で、グローバルラボのマネージャーを務めました。英語しか通用しない環境で、必死に話力を磨きましたね。
- その後は、大人数を統轄するお立場になられました。
2008年に帰国し、まず自動車産業システム事業部の事業部長を務めました。この事業部では、車の内外装に使うフィルム、両面接着テープ、吸音不織布、排気触媒を保持する製品(またはマット)などの開発、製造、販売を手がけています。その後、自動車産業システム事業部に加え、フッ素樹脂やガラスの中空粒子などを扱う化学製品事業部と、フィルター製品事業部を統轄する常務執行役員になり、現在に至っています。
三つの事業部を統轄するのは大変ですが、工夫してやりくりしています。たとえば、神奈川県相模原市、静岡県駿東郡小山町などにある研究開発拠点や、岩手、山形、北茨城にある製造拠点の部長達とは、毎週のように電話やウェブを用いた会議をしています。それ以外のメンバーとは、私が各拠点を半年に1度訪問し、10〜20名のグループごとに対話するようにしています。
- メンバーを統轄するうえでの工夫や目標は何ですか?
私たちの顧客は、自動車メーカー、食品会社、製薬メーカー、化学品製造メーカーなどです。といっても、経済が順調に成長する時代ではないので、独自のビジネスモデルを確立して、顧客に効率よく価値を提供することで、競争を常にリードし勝ち続けなければならないと考えています。そのために、メンバーに対して「過去の常識にとらわれずに、いかに限界を越えていくか」といったことを考えてもらうようにしています(実は、Hondaが東京モーターショー2013においてブーステーマに掲げた「枠にはまるな。」が、私が思うことをあまりにも明快に表していたので、普段はこの言葉を拝借しています(笑))。やさしいことではありませんが、課題を克服することが喜びにもつながります。
一番の目標は、私が率いるチームが、グローバルのビジネスをリードできるようにすることです。ごく最近、「本物の金属」あるいは「本物の木」のような質感をもつフィルム(インテリアトリムフィルム)を世に出すことができました。このフィルムは、ユーザーに美しさややすらぎ、感動をも与えることができ、車の内装の常識を変えるものになるだろうと自負しています。ありがたいことに、ほぼすべての国内自動車メーカーと数社の海外自動車メーカーに、採用されつつあります。そのほか、化学薬品のろ過、抗体医薬品の精製などに応用可能な、ナノレベルの繊維からなるフィルターなども開発しており、これらの用途開発が進み、国内外で広く使われるようになると嬉しいですね。
- 住友スリーエムが求めるのはどのような人材ですか?
会社が必要とするのは、自分で考え、情熱と信念をもって粘り強く行動する人です。そのうえで、私としては、枠にはまらずチャレンジできる人と働きたいと思います。本田技研工業を創業された故・本田宗一郎さんが「思想さえしっかりしていれば、技術開発そのものは、そう難しいものではない」とおっしゃっていたそうですが、私も同感です。社員には「研究開発に思想がある人」を希望します。そのような社員を増やすべく社内を見渡した結果、様々な経験や考え方をもつ多様性と活力のある社員を増やそうということになり、現在の採用では女性や日本に留学していた海外からの人材が増え、社員の多様化が進んでいます。
入社希望の学生のなかには、素晴らしい学歴をもち、面接でも物事を本質まで考え抜いている人が少なからずおり、私自身が「こういう考えの上司の下で働いてみたい」と思うほどです(笑)。
- 最後に、今、改めて感じる早稲田の良さについてお聞かせください。
多様性、主体性、新規開拓分野を切り開く土壌などがある点です。地方出身者、附属高校出身者、社会人経験者、海外からの留学生と、実にさまざまな学生がいます。他大学との交流もあり、私の在学当時は、日本女子大、東工大、関東学院大学などと協力関係や付き合いがありました。このように多様な環境でもまれることは、その後の人生において大きなプラスになるはずです。私の場合には、同期の友人、年の近い先輩や後輩と、今でも年に数回、集まって自分が属する業界の動向を紹介したり、旧交を温めています。
最初にお話ししたとおり、私自身について言えば、研究室での研究がおもしろく、昼夜を問わず実験に没頭していました。早稲田ではめずらしいでしょうが、サークル活動などは一切しませんでしたが、自分でこの道を選んだのです。早稲田の学生諸君や、これから入学する諸君にも、自分で考えて、主体的に行動してほしいと思いますね。そのうえで、就職先も、自分の好きなこと、自分の考えに従って選びとってほしいと願います。
- ありがとうございました。
西村尚子/サイエンスライター
※所属はインタビュー当時のものです。