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Graduate Interview

物理的視点から生命科学の法則を導き出し、学問体系化の悲願を 東京医科歯科大学 生体材料工学研究所 医療デバイス研究部門 バイオ情報分野 教授 安田 賢二 様 【 略 歴 】1992年、大学院理工学研究科物理学及応用物理学専攻 修士課程を修了後、同年、(株)日立製作所基礎研究所に入社。超音波輻射圧の研究を進める一方で、在学時から継続して心筋細胞の研究も進め、博士(理学)の学位を取得。1999年、東京大学大学院総合文化研究科 助教授を経て、2006年から現職。2005年からスタンフォード大学客員教授(兼任)。

物理学科、物理学及応用物理学専攻で心筋細胞の同期現象について研究された安田賢二さん。1分子ではなく細胞(集団)としての振る舞いに着目し、私たちの体内において実際に起こっている現象を生命システムとして体系立てて理解することを目指しています。また、得られた知見を医療や創薬に応用展開することにも積極的にチャレンジしています。

なぜ早稲田大学 応用物理学科を選ばれたのでしょうか?

高校生のとき、物理の先生が薦めて下さったシュレーディンガー著「生命とは何か−物理的にみた生細胞」(岩波文庫)という本を読み、生命についてさえも説明できるならば、地球上の現象を理解するための最も基礎となる学問は物理なのではないか、と思うようになりました。これがきっかけとなって大学は物理学科を選び、現在まで興味を失うことなく、物理学を用いて生命科学を理解しようとしているわけです。今思い起こしても、間違っていなかった、良い選択をしたと自信を持って言えますね(笑)。

入学して最初の物理学基礎論の授業で、故・並木美喜雄先生が一言目に「何か質問はありますか?」とおっしゃったのには、私を含めて学生一同、面食らいました。後々、勉強は自らするものであって、先生との時間は分からなかったことについての質問に使うべきだ、ということを理解できましたが、当時は習うことが仕事だと考えていましたので、衝撃的でした。また、「今は宇宙がエントロピー増大のプロセスにあるから物理法則もエントロピー増大が基本原理となっているが、いつか収縮しはじめたらエントロピー縮小が基本原理になるかもしれない、物理法則は変わり得るものである」と言われ、目からウロコが落ちました。並木先生以外にも、授業中に研究のことを思いつき考え込んでしまっていた齋藤信彦先生など、研究者という仕事を、それぞれのスタイルで体現してくださる先生が多くいらっしゃいました。「博士鍋」を考案された、小林寛先生も忘れてはいけませんね。柔軟な考えがあれば、基礎的な物理の研究も世の中に役立っていくのだ、ということを印象づけられました。

研究室ではどのような研究に取り組まれましたか?

学部3年生の物理学演習で演習問題を早く解き終わると、いつも助手の先生と物理学についていろいろな雑談をしていました。あるとき将来について相談をしていたときに、生物物理という分野がいかに未開拓の分野であるか教えていただきました。シュレーディンガーの著書で興味を持ったこともあり、専門を生物物理に決めて石渡信一先生の研究室に入り、修士課程まで進みました。その後就職しましたが、所属した研究所から研究テーマとして継続してよいとの許可がいただけたので、大学での研究も続けて博士号を取得しましたので、結局、学部4年生の卒業研究から現在に至るまで、ひとつのテーマに夢中になって取り組み続けていることになります。そのテーマとは、「集団の物理学」です。

私が学部4年生だった当時、1つの筋タンパクがどのようにエネルギーを変換するのか、という1分子計測がまさに山場を迎えていたときでした。その中にあって石渡先生は、1分子の振る舞いが解明された後に必要となるであろう未来の研究テーマ、すなわち、1分子が複数集まって分子集団になったときの協同現象の研究を勧めてくださったのです。1分子から分子集団になったときに現れる特徴が、履歴現象(ヒステリシス)です。記憶や学習などの経験によって応答が変わる=後天的に付加価値を得ていくことが生命の本質と言えますが、この根源はどこにあるのでしょうか?すでに、分子集団になると自励振動現象(SPOC: SPontaneous Oscillatory Contraction)が起こる=心筋分子集団にヒステリシスが残ることを、石渡先生が発見されていました。博士論文で私は、そのヒステリシスは刹那的であり、生命の本質を左右するには小さすぎるという結論を出しました。生命としての後天的情報の選択・学習は分子集団レベルではできない、と思ったのです。次の最小単位は何か、と考えたところ、1細胞に至ったわけです。

いつ頃から研究者という職業を目指すようになったのでしょうか?

大学在籍時から、研究者になりたいとは思っていました。ただ、修士課程半ばで進路を決める時期になり、博士号を取りたいと思いつつも世の中の最先端で何が行われているのかを知りたいと考え、社会勉強のつもりで多くの企業見学に参加したのです。参加するからには何かを得てこようと、訪問する企業の研究所が出しているレビュー冊子を訪問前に読みこみ、分からないことや考えたことなどを見学の際に発言していましたから、生意気だったと思います(笑)。逆にそれが目に止まったのかもしれません、最終的には日立製作所基礎研究所からお声掛け頂きました。石渡先生が勧めてくださったこともありますが、会社からは面接のときに大学院での研究を継続して博士号を取りたいという我儘な希望を承諾いただけたことが後押しとなり、就職を決めました。

基礎研究所では世の中にインパクトを与える研究を自ら設定し、成果を出すことが求められていましたので、大学の研究の継続に加えて、上司の研究テーマにヒントを得て、超音波輻射圧(超音波の持つ力=エネルギー。これを利用することで物を掴んで移動したり変形させたりできる)の研究を立ち上げることにしました。大学での研究活動を認めてもらっている以上、中途半端なことはできないと、朝8時前に出社、18時頃に基礎研究所での研究を終えて大学に移動し、朝方3時頃まで実験をした後、社寮に戻って数時間睡眠をとってまた出社、という生活を続けました。約3年半で博士号取得に至りましたが、基礎研究所の研究でも特許や論文をかなりの数書いていましたから、頑張った甲斐はあったと思います。

博士号取得以降、現在のお仕事について教えていただけますか?

博士号取得後、1細胞だけを取り出して計測するために、基礎研究所で続けてきた超音波技術を細胞精製(セルソーター)技術に活用する研究を立上げました。その後、日立製作所基礎研究所が実質的に閉鎖するタイミングで、東京大学に自分の研究室を立ち上げることができ、さらに7年後、現在の所属に移りましたが、研究の主題は一貫して協同現象と、これに基づいた生命システムの後天的情報の理解です。物理学科出身ですから、最も興味のあるところは生命の根源、法則を見出すことですが、物理学科の先生方の教えの賜物か、企業で鍛えられてきたせいでしょうか、実用面への展開も捨てがたく、並行して進めています。たとえば、人のiPS細胞から分化させた心筋細胞1000個程度(=臓器として機能する最小単位)をチップ上に並べ、心毒性を計測する技術を開発しており、現在、国際評価機関での審査を受けているところです。この技術で正しい毒性評価ができるようになれば、動物実験が不要となり、より正確に多様な薬の薬効の評価や副作用問題を明らかにし、より短期間での開発につながるかもしれません。また、血中のガン細胞を計測する装置開発も進めています。ガンの転移や薬物療法の効果は抗体検査で確認しますが、反応しないことも多く、確認に時間を要します。独自に開発したイメージングセルソーターを用いて、ガン患者さんに特徴的な細胞塊を回収することで、転移・再発チェックや薬物療法の即時効果確認などに利用できると考えています。

最も興味のあるテーマとしては、やはり、集団の協同現象の追究ですね。「同期」という観点から「共鳴」という観点での理解に変わりつつあります。心筋細胞の拍動は、1細胞のときはバラバラに動いていますが、集団になると同期します。従来は、同期の際に拍動の早い方に追従すると言われていましたが、最近の研究で、より安定している方に追従する、という結果が得られています。このモデルを作り、理論的に説明することを試みています。理論的にも説明できるとなれば、細胞分化の説明にも応用できるかもしれません。物理学には「エントロピー増大」の基本原理がありますが、生命科学にはそのような原理がまだありません。ニュートンがプリンキピア(自然哲学の数学的諸原理)を記したように、現象論として「細胞集団」の情報が選択されて共有(協同化)されてゆく集団の生命科学の法則を見出し、体系化できたら良いですね。研究は次々と受け継がれて大きな成果に辿りつくものです。生命科学の体系化についても、私が完成させられなくても、次世代の研究者たちが引き継ぎ完成させてくれると信じて、日々頑張っています。

先生の研究を受け継いでもらう方、あるいは一緒に仕事をする仲間として、どのような人材を望まれますか?

好奇心旺盛で生意気な人、でしょうか。職業柄、色々な学生を見てきましたが、成長する学生は素直です。言うことを聞くという意味での素直さではなく、見聞して感じたことや助言などを自分の心に素直に届けて動くことができる人。また、最後まで希望を捨てずに諦めないことも重要ですね。社会に出ると、多くの嫌なことや大変なことがありますが、希望を持っていれば、乗り越えられないことはないと思います。乗り越えられないとすれば、本人が諦めたり希望を失うことで立ち止まってしまうからです。ですから、どのような状況においても、建設的な目的や意義を見い出せる心のトレーニングをして欲しいと思います。何年後か何十年後かは分かりませんが、必ず、努力は最後に報われることを信じてほしい。そんな若い人材が育ち、一緒に仕事をすることができたら、嬉しいですね。

最後に、後輩たちへのメッセージをお願いします。

早稲田は「自由」です。逆にいえば、皆さんにすべてが任されています。大学で何ができるかは入学の手引に、どの講義を受けられるかはシラバスに網羅されています。皆さんの大学生活を充実させるための沢山のチャンスを用意してくれていることが分かると思います。私自身も入学の手引を読んで初めて、他学部聴講や他学科聴講の制度を知り、最大限活用しました。卒業年が遅れるということで両親に反対されて諦めましたが、交換留学制度も目指してTOEICなども受けていましたよ。物理学科という基礎学問を学ぶ学科で学べたからこそ、出口・実学の幅広い知識を蓄えて応用展開のためのインデックス作りをしたいと考えたのです。この考えに至ることができたひとつの要因としては、早稲田では在籍学科が最初から決まっていたことにもあると思います。入学後の早い段階からある程度専門のアイデンティティを持ちつつも、文理問わず様々な専門の先生の講義を受け、見聞を広げることができます。

これだけ充実した学生への「メニュー」を用意しているのは、他大でもあまり多くはないと思います。また、早稲田の職員方は皆「先輩」ですから、相談に行くと親身になってアドバイスを下さいます。早稲田を120%使い尽くし、早稲田に入って良かったと思って卒業してもらいたいですね。

ありがとうございました。
聞き手・構成
武末出美(早稲田大学アカデミックソリューション)

※所属はインタビュー当時のものです。