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見ることでコントロールする

量子力学の世界は常識を超えた世界ですから、常識にとらわれる必要はありません。量子力学における奇妙の一つに、「観測」があります。例えば、量子力学の世界では観測対象を乱すことなく観測することができません。これは「不確定性原理」と呼ばれていますが、例えばボールの球速をスピードガンで測ると、そのボールがどこにあるのかが分からなくなってしまう、というようなことがミクロの世界では起こるのです。測定の仕方がお粗末だからなのではなく、原理的に避けられないのです。

また、白であり同時に黒でもあるという重ね合わせ状態があり得ると言いましたが、その状態において白なのか黒なのかを確認する観測を行うと、確率的に白または黒の答えが得られます。白という答えが得られれば、その粒子の状態は白なのですから、もはや、白であり同時に黒でもあるという状態ではありません。つまり、観測をするとその結果に応じて観測対象の状態ががらりと変化するのです。私たちは、この変化を逆手に取って、量子状態をコントロールする手段の一つにしようという着想のもと、「観測による量子系制御」を追究しています。「見る」ことによって動かそうというわけです。

ハイゼンベルクの不確定性原理の思考実験
ハイゼンベルクの不確定性原理の思考実験.電子に光を当て,散乱された光をとらえて電子の位置を知る.その際,電子は光に散乱されて動き出してしまう.カメラの開口が大きいほど電子の位置は正確に分かるが,電子がどの向きにどれくらいの速度で散乱されるかは不明瞭になってしまう

量子技術を実現する量子デバイスを動作させるには、ピンセットなどでもつまめないような小さな系の,それもとても奇妙な量子状態を意のままにコントロールできなければなりません。量子系制御に関する理論の確立は、量子技術の実現に向けて重要なテーマの一つですが、その究極の枠組みには、必ずや「観測」も一つの要素として含まれることでしょう。

研究中の様子

アイデアがあれば勝負できる

1965年に設立された早稲田大学物理学科は、来年度、50年目という節目の年を迎えます。早稲田大学における高エネルギー物理学、量子物理学の研究の礎は、物理学科の設立と発展に多大な貢献をされた故並木美喜雄先生をはじめとする先輩方によって築かれました。並木先生の著書で、ベストセラーになった岩波新書の「量子力学入門」をお読みになった方もおられるかと思います。

私は、並木先生が量子力学の最後の講義をされた年にそれを受講することができました。研究面で直接指導を仰ぐ機会はありませんでしたが、並木先生は周囲の考えに流されたり、長いものに巻かれることが一番お嫌いで、ご自身の哲学を常に追究されたと聞いています。その精神は、研究室の雰囲気を通じて、私にも受け継がれていると思っています。研究者としては当然のことではありますが、一番大切なことでもあります。そのことを再確認できることに幸せを感じながら、努力を続けたいと思います。

研究をしていて辛いことというのはあまり思い浮かびません。もちろん研究には、突破口を見いだせず、模索が続くときが必ずあります。しかし、ディスカッションの最中や、電車に揺られているときなどに、ぱっとアイデアが浮かんだときの喜びは、何事にも代え難いものがあります。特に私たちの分野における研究の醍醐味は、必ずしも複雑な計算をしなくても、気の利いたアイデアがあればそれで勝負できるところにあります。若手でも、それがあればすぐに最前線に飛び出せます。幻想に終わるアイデアもたくさんありますが (笑)。

辛いときというのを強いて挙げるとすれば、エンタングルメントやその面白さを上手く伝えられないときでしょうか(笑)。

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